白昼社とその周辺

白昼社と泉由良のお知らせブログです。

ポエトリースラムジャパン2017本戦

 詩のことというより、イヴェントの有り方について。
 詳しくはまた書けたらいいと思いますが、元々そう私と関連することだとは捉えていなかったイヴェントです。物販で白昼社の本(馬野ミキさん:本戦決勝出場選手 の詩集)を扱っては頂いたのですが、白昼社から本を出してる人だから私が肩入れするというのは不自然だし、基本的にスラムには興味が無いのです(性格として他人と勝敗をつける話題には興味が無いんですよ)ただ、ちょうど原稿の清書でMacに向かっていたのでなんとなくtwitterは流していて、話題を探しました。
 twitterハッシュタグもあまり書かれていないし、検索して検索して調べたら、え、YouTubeでストリーミング配信やってるの? それを見てるの最大たった13人?(しかも内数名は知人だと後日知る)とか思いながら結局聴いていました。映像は乱れて見えなかった。休憩時間中の映像は映っていたのに、残念です。

 窘められたり(?)もしたのですが、私はイヴェントはパブリックだしイヴェント発案者も公式webもパブリックだから、私の反応もパブリックにブログにしたためたいかなあと思います。遠慮してるけど、知人と個人的に雑談するときだけ本音を云うなんて変じゃないですか? 例えば挙げるならHTML書ける人が公式webサイトを作った方が良かったのでは、と思うし、それを技術ある知人に頼るのではなく(2016年に使われたうちのサーバの転用を頼まれてはいた、)金銭を掛けて外部発注してでも作るのが誠意だと考えています。そういう感覚が全体的に感じられない。いい人といい人の協力で笑顔の手作りをするよりも、オフィシャル・パブリックなものを造ることを何故心掛けないのか解らない。色んな方面に抵触する発言になりますが、私は「ヴォランティアスタッフのお願い」みたいな考えは信用していない。そういうことをするのは、内輪の体制だと思っているからです。ヴォランティアを務めた人がそれを誇りに思ったりするから更に拗れるのですが、世界を支えるのは友愛だと思っているけれど、通貨の遣り取りが人の心と時間を蝕まないのも優しい現実です。

 YouTubeはJ-popを流していた関係でSONYに申し立てられたようで、削除されていてもう見られないので、これ本当に残念だと思います。当日流すだけのつもりだったのかな。YouTubeで普通に市販の音楽を掛けたら削除されることくらい当然なのに。後日も色んな人がこのYouTubeを観られたらよかったのに。

 など、勿体無いと思ったことなど。
 ごちゃごちゃ書いてるな。

 あと、これは詩だとか詩じゃないとか騒がしくなりましたね(内輪で)
 イヴェントの有り方の話しか考えていないので(強いて云うなら、何故朗読スラムジャパンではなく、ポエトリーと冠してしまうのか、程度?)詩とは何かみたいなことを唱えるつもりはないです。でもこの大会を見て「詩ってなんでもありなんだなあ」みたいな感想をtwitterで読んだときはあまりにもだ、という気分になった。(一応、作家・詩人としてYSWSの審査員を2度務めさせて頂き、講評を述べた身としても)それはどうかと思う。楽しかった我々のポエトリースラムを否定しないでくれというひともいるけど誰かの楽しみや誰かの思い入れの為に、現実や芸術、芸能、アクティング・パフォーマンスが形を作るわけではない──こうも上手く云えないのはこれがブログの文章だからなのかな。それは私の無能だ。ただセンチメントに生きたくないんですよ。

 もし、「あなたのは詩じゃない」って云われたなら、ちゃんと胸を張って「良いもの見せただろ?」と応えれば良いのでは。

 

 

 

 

 古溝真一郎さんの言葉が良かった。

 


 こんなに深く心に入れるつもりは本当に元々は無かった。
 それから、twitterソーシャルメディアとして人と交流するツールだと捉えず、yes も no もただ羅列してゆくベンチのように捉えている2007年twitterユーザ感覚が自分から消えていないことを再認識したりしました。

 以下当日の振り返り。
 
 会場が体育館のようなところで良かったです。ライヴハウスでばかりイヴェントをするのってなんだか不健全だし、不考えだと思うし。

 大事なこと。MCの猫道さん、お疲れさまでした!!! 張った声が良かった!
 
 白昼社関係の馬野さん、関西馴染みの八和詩めぐむちゃん、川原寝太郎さん、ちょくちょくお目にかかっては常に尊敬を覚える岩村空太郎さん、ほか出場者の皆さん、お疲れさまでした。兎に角空太郎さんは、遭遇する度に感動するのですごいなあ。


    

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